ブログ

地獄で仏? 地獄でなくても仏は仏

仏さま


貴方は誰が仏かそれを判断できますか。 

私達の周りには仏が沢山いるようです。然し私達は誰が仏か皆目わかりません。 

然し、考えもしていなかった方が助けてくれたり、思ってもいなかった時助けがきてくれたり、一番困っている時助けを求めていないのに助けにきてくれたり、貴方にはそのような体験はないでしょうか。仏は周りに人の数だけいる。人が困っている時、求め様が求めまいがスット来て助けてくれる、それが私がアメリカで味わった体験です。一口に言えば、わざわざ地獄まで行かなくても仏は私達のことを~くみている、そのような感じがいたします。

人が仏心に打たれるのはなぜでしょうか。

どのような人が仏心を触発するのでしょうか。

仏に接した人には一体何がおきるのですか。

●私が渡米してまもなく、少ない持ち金で暫しの滞在先を探している時、或るアメリカ人にであいました。 彼は自分の家の一部を私に提供してくれました。

●車を買う金が無い為ダウンタウンのセントラル図書館迄毎日片道2時間をかけて歩いておりました。すると或る若い日本人学生が「射手園さんこの金で車を買ってください」と$500の金を貸してくれました。

●ビジネスがうまくいかず胃の痛む日々が続いていた或る日、結婚したてのワイフが朝$3,000をわたしくれました。何でも私が一晩中うなされていたとの事です。仕事のことは一切話しをしていなかったのですが、彼女が何かを察したようです。

●ビジネスは忙しいのに金はたまらず四苦八苦している時、アパートの大家さんが或る日突然私を銀行に連れ出、私の為に$10,000借りてくれました。

●振り出した小切手をカバーするだけの残高が無く、困り果てていた時、私のビルの大家さんが$1,500用立ててくれました。

●$300の小切手がバウンスしそうで、その資金繰りに苦労している時、或るお店の方が、ホレ持っていきなさいと$1紙幣300枚を袋に入れて渡してくれました。

●大きなオフィスのレントが払えず苦しんでいた、大家さんが助けてくれました。

●商社にビジネスを潰されダウンしていた私を、或る雑誌社の人とその関係者が私を励ます為寿司屋に案内、励ましてくれました。

●全てを失い自失茫然としていた私にショールームの大家さんが銀行へのローンの道をつけてくれました。

●再起を図りたい私に、或る銀行支店長が担保も無いにも関わらず2度まで融資をしてくれました。

●商社に乗っ取られ再起を賭けてのトレードショーの最中、製造輸入した商品を丸ごと(大型バン一台分)をコンベンションセンターの駐車場で盗まれ、ビジネスは立ちあげ前に頓挫、商社との争いの最中妻を巻き込まれないよう家を出、住む場所も無く車の中で寝起きしていた私に、見ず知らずの日系アメリカ人が部屋を無料で提供してくれました。

ざっと挙げただけでもこれだけの仏様のお陰で、私は全ての苦境から立ち上がる事ができたのです。

私はとてもラッキーな人間でした。

何故私はそれほどラッキーだったのでしょうか。それはきっと私を助けてくださった方々が、昔の自分の姿を私の行動の中に見たからだと思います。心配で心配で、放っておけなかったからではないでしょうか。知らず知らずのうちに彼らの歩んだ道を歩んでいたお陰で、私は大きな助けを得ることができたのです。

私は子供時代、親から良く、正直が一番、人様に迷惑をかけてはいけない、頑張っていれば必ずお天道様は見ている、と口すっぱく言われておりましたが、まさにその言葉のお陰で私は何度も助けられる事になったのです。唯ひたすらの頑張り、物につかれたような頑張り、それが周りの人々の支援を戴けた理由のようでした。親の言葉を守って生きた、それが正しかった事を自分で悟る事ができたのです。もしかしたら親の守護のお陰かもしれません。親とは実にありがたいものです。

これだけ仏の力をかりたのであれば、皆に報いる為にも頑張らなければならない、私は自分が置かれた逆境の中でそう決断したものでした。そしてまた、仏のおかげでこれだけの事をしていただいたのは、同じ事を後続の人々にしなさいという事かもしれません。詰まり、今度は自分が与える立場の人間として成長すべし、それが私に課せられた使命、そう感じております。

地獄で仏。然し現実はこの世は仏だらけのようです。唯自分が仏であることを知らない人が多すぎるのかもしれません。その人々が何かに触発された時、彼らは間違い無く仏としての行動に走るのではないでしょうか。良い人がいるのでもなく、悪い人がいるのでもない。仏という自分に気付かぬ人が沢山いる。事実はそのような気がいたします。 

そのような目で周りをみわたすとき、口うるさい顧客、生意気なな社員、憎たらしい競争相手、嫌なサプライアー、相性の悪い人間、そのようなものは一切いなくなるのではないでしょうか。 

年齢を重ねるということは、人生を悟ること、まさにそのような気がします。

POSTED COMMENT

  1. Snow より:

    仏様に守られた話。私も渡りに船でアメリカに来ました。ある法話で渡りにイカダの話があり其れは私だと思いました。いい所にイカダがあって自分は渡れた、其れはこのイカダのお陰だと、もう要らないものを大事に持って歩いている。多くの方のお世話になっての30年、多分本当の仏を見ようとしてないのか、私は帰りの船を待っている。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です